天保山(鹿児島市)にある建物が気になっていたので行ってみた 天保山砲台跡、共月亭
天保山には
薩英戦争時の砲台跡があります
松林もきれいです
公園の一角にある
共月亭
中国風の建物
雰囲気いい
歴史的な建造物ではなく
1982年10月に鹿児島市が長沙市(中華人民共和国)と友好都市の関係になったことを記念して、中国四大名亭のひとつ「愛晩亭」をモデルに1984年5月に着工、1985年2月に竣工した。柱や釉薬瓦、花崗岩などはいずれも長沙市から寄贈された[1]。長沙市側には「友好平和の像」が建立されている。
いつかは長沙市にも行ってみたいものですね
天保山砲台跡
皆さんは覚えていますか?
薩英戦争!
生麦事件から発展した
薩摩と英国の戦争です
国と国ではなく
藩と国...
薩摩藩、やばいΣ(・□・;)
天保山砲台は島津斉興による建設後、島津斉彬が改修して薩英戦争時には11門の大砲が配備されていました。1863年7月2日、イギリス艦隊が薩摩藩の蒸気船を捕獲したことで薩摩藩は開戦を決定。天保山砲台からの砲撃を合図に、各砲台一斉に砲撃を開始します。発掘調査では、敵の砲撃から兵士や大砲を守るための胸壁や、大砲を据えた砲座、船着場などが発見されました。胸壁は凝灰岩でつくった石垣の外側を盛土で覆って構築されており、昇降用の階段が2カ所残っています。砲台の海側周辺は、昭和以降の海岸の整備によって埋め立てられて陸地化しました。